幸せはすぐそこにある。シンガーソングライター恩田RYUSUKE

ソウルフルフォークシンガーソングライター恩田RYUSUKEのブログです。 日々の感情・ライブ情報・日常・いろんなことを書いていきます!!

家族と向き合う2 父親と向き合う アメブロより移行 2018・2

まずは父親との話

 

父は自営業を営み、30年以上自分1人で家族を支えてきた。

 

クラシック、オペラが趣味(これは全く俺は影響されなかったGA)

あとは、散歩が大好き

 

昔から、何だかお父さんが好きじゃなかった

 

愛情を注がれていることも感じていたし、

俺たち家族のためにたくさん働いてくれているのも知っていた。

 

でも、何だか好きじゃなかった。

 

抱っこされれば泣く

なんか言われるとムスッとする

パパよりママがいい

 

幼な心にマジで父さんすまない。。。と感じながら、イラついていた

 

何かお願い事や、大きな進路などに関しても大体母親を通して会話していた。

 

何か相談するたびに『えっっ!?』とされるのが嫌だった。

 

いつも何となくイラついているから父親に対して、

疲れて帰ってきても素直に、お疲れ様も言えず、

ありがとうも何だかぎこちなかった

 

色々感じてわかっているのに素直に言えない、そして、

 

大好きなはずの家族、父親を好きだと言えない

俺自身に腹が立っている部分が大きかった。

 

月日は流れ、大きくなって

当たり障りない話をするようになったけど、

何だか距離は遠いままだった。。。。

 

 

父さんは、昔から何も口を出してこない人だった。

なんか悪いことをしても

えっっっっっっ!?というのはあったけど、これからは気をつけようね^^と

 

基本は何も言わない人だった。

 

いつも、無口で、笑顔で、家でも愚痴一つこぼさない人だった。

 

俺はその時、

 

怒られなくてよかった!!とも思うけど、

何か悲しい気持ちにもなっていた。

 

 

音楽活動を中学生からやってきて、いつも応援してもらっていた。

他の友達からは、反対される話を聞く中、

本当に感謝なんだろうな。。。と他人事だった。

 

俺は…そんな自分も許せなくて、

 

それでも、

父にはお世話になってるし、食わせてもらってるし、

 

感謝だ!!感謝だ!!

 

と何か呪文を唱えるように感謝という言葉を使っていた。

 

それはもう取り憑かれたようにw

 

大学を卒業して、

就職して

退職して

整体師を目指して整体師の資格を取り

いろんなビジネスに取り組み失敗した。

 

そして、また俺は歌うことを選択できた。

親父は黙っていた。

むしろ、お疲れ様、大変だったね^^っていう感じ

 

うん。。。。さん。。。キュー

 

何なんだ。。。この感覚。。。

 

ねぎらってもらうのは嬉しい。

何も言わないなんて、すげーーよ!俺なら…

 

親父、、、なぜそれだけなんだ!!!!

 

そう、気づいてしまった。

 

俺は何も言わない親父に対して、

 

本当に愛情を注がれているのかとても不安だったのだ。

 

兄貴は親父の後を継ぎ、成績優秀の友達が多くて、結婚して子供もいる。

もうめっちゃ完璧

 

俺は無意識に親父に対して、俺にことをどう思ってんのか不安だった。

 

できのいい兄貴、

 

気むずかしくて、気分屋の甘ったれ次男坊。

 

父親はこんな俺を愛してくれているのだろうか。。。。

 

聞きたくても怖くて聞けなかった。

 

当たり前だろ!!!そうじゃなかったらどうすんのよ!!w

 

 

俺は、会社退職後、いろんなビジネスに触れて、借金を作ったw

 

早く自力で一人前になってやる!!という割には、楽して金を稼ごうと躍起になっていた。

カード、ローン膨らむ借金。やべええええ

 

別に父親に言わなくても、バイトとかで返せていけるとは思うんだけど、

 

俺は、実家なう。もう食わせてもらってる。昔から、親父には内緒にしすぎたことが多すぎた。

 

俺は苦しかった。情けなかった。悔しかった。

 

人間は無意識にある本質的なものと向き合うために、いろんなストーリーを起こすらしい

(俺の場合、親父に本当に愛されているのかどうか。を確認したかっただと思う。)

 

親父と話そう。

 

俺はどうやら、借金とかたくさんの秘密などここまでしないと親父と向き合えなかっようだ!!

 

もっと早く気づけや!!w

 

そして、ある日親父と2人きりになった時、切り出した

 

まずは借金の話。

 

借金がある。経緯を話した。

・・・・隠したいような気分に何度もなったけど、俺もこのチャンスを逃す手はあるまいと包み隠さず話した。

 

親父は驚いていたけど、『うん。うん。』と聞いてくれた。

 

そして、俺は言った

 

『その反応。なんでいつもそれだけ?いつも親父に俺は。。。』涙が出てきた。

 

ついに言ってしまうんだ。

ずっっっと秘めてた気持ちを。。。

 うわぁぁー!言っちゃのか!!行っちゃうのか!??と脳内実況される中

 

『いつも親父に愛されているか不安だった。いつも何も言わないし。親父はどう思ってるの??』と

 

そこまで、静かに聞いていた親父が怒ったのだ。

 

『は?愛しているに決まってんじゃん!!何言ってんの?愛してるから何も言わないんだよ!!!!』

 

俺は涙があふれ出た。

 

無言の愛

 

だったんだ。

 

愛して信じてくれているからこそ何も言わなかったんだ。

 

俺はこの言葉が聞きたくてここまで思いを秘めてきたんだなと思った。

 

母親は色々心配して声をかけてくる愛だった。

ということは逆に

 

無言の愛だってあって当然だ。

 

母なる大地

天なる父

 

俺は今まで思っていたことを話した。息子としてどういう気持ちだったのか。

 

もう誰がなんと言おうと、どんなに理不尽な気持ちでも言った。

 

叱ってほしくないけど、叱って欲しかった。(超矛盾)

お父さんのこういう所が嫌だった。(理不尽極まりない)

お母さんを元気にできないお父さんが嫌だった。(八つ当たり)

寂しさ、感謝できない自分への怒りなど(自分ごと)

 

話した。

 

父は淡々と答え、そして頷いた。

 

今思いつく限りの思いは伝えた。

 

その頃には俺の中で固く閉ざされた扉に溜まったものは無くなっていた。

 

親父は一言

 

「言ってくれてありがとう」

 

俺もその時「ありがとう」

 

心から言えたんだ。。。。


 

 

それから何か心の中の氷が解けたように、

 

親父とはそこから仲良くなった。

むしろすごく好きになった。

相談するようになった。

嫌だということを遠慮なしに(まぁあるけどw)言えるようになった。

俺のライブや歌について口を出すようになった。(もっと売れたらいいのに。。。とかね)

 

親父の偉大さをすごく感じることができた。

 

この出来事になるまで27年

生きててよかった!!

 

さ!!!!借金返すために頑張れ!!俺!!!

 

ちなみに音楽活動についてはどう思ってんの?って聞いたら

 

『30歳までに今のままだったらどうするか聞こうと思ってた。』

 

だって!

懐深い父親に脱帽だわ。

 

必ず売れる。

 

 

RYUSUKE