幸せはすぐそこにある。シンガーソングライター恩田RYUSUKE

ソウルフルフォークシンガーソングライター恩田RYUSUKEのブログです。 日々の感情・ライブ情報・日常・いろんなことを書いていきます!!

でも、だって・・・が多い自分の話

どーも、恩田RYUSUKEです。

 

でも、だってが多い人って結構多いですよね。僕もその一人です。

そんな自分がなぜ、それを多用してしまうのか。。。

その気づきについて、頭の中の整理も含め書いてみました。

 

この気づきをきっかけにできた曲もあります!

 

あなたと生きる人生/恩田RYUSUKE

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  • 胸に刺さったある日

ある日、仕事の後に先輩と話してて恩田は

『でも、だから』が多いよねというところから始まり、

色々僕的に痛いところをつかれた時があった。プライドも高いと言われた。

前から、いろいろな人からよく言われて悩んでた笑

 

頭では分かっているけど、やってしまう。

 

何故だろう。と考えた。ずっと考えてきた。

答えもこれだろうなぁっていくつか思い浮かんでた。

でもずっとやってたwwwやめられない止まらなーいかっぱえび・・・

 

この日の先輩の胸に刺さる(耳が痛い)話で確信になった。

 

  • 自分への不信感

なぜ、でも。だってを使うのか。。。

 

  1. 自分に自信がないから、自分を主張しないと、自分そのものが否定されてるようでキツイ。
  2. 自信がないから誰か僕を認めてよ
  3. 自分をさらけ出していないと嘘があるようで、自分を許せない感覚
  4. 話が得意ではないので、話を引き延ばす為に、自分のことをはなす。

などなど、色々あった。

 

どれにしても根幹には、

RYUSUKEよ。これで大丈夫?と言う自信のなさや疑いだった。

自分を認めて欲しい。

自分の自信のなさを埋めて欲しい。

話を長く話してコミュニケーションを取っている

嘘偽りがない方が相手に誠実なんだ!

 

と思っていたが、

全くもって好かれるどころか

 

ウザ。

そんなに自分の考えがあるなら好きにしろ。

なんかプライド高くてねぇー。主張ばっか。

 

そんな風に捉えられていたなんて。

 

超ショックだった笑笑

 

まさに自分は良かれと思ってやっていたのに、

そうじゃないって自分以外は気づいてる。

 

裸の王様みたいで笑った。

 

客観的にみたらマジで俺みたいな奴ウザいと思った笑

 

なんかその時さ、バカバカしくなって、力が抜けたんだ。

 

  • 取り繕うことの意味のなさ。

嫌われないように・・・嫌われないように取り繕ってきたつもりだったが、

逆に作用していたwwwwwwwwwww

 

マジで何やってたんだろう僕は。。。って悲しくなったし、そのあと笑えた。

なんか頭隠して尻隠さず状態。

 

もう、やめよう。疲れたし、バカみたい(みたいじゃなくて馬鹿だと思った。w)

取り繕おうがまいが、どっちみち全員が俺を良しとすることなんて絶対ない。

 

つまり、取り繕ってる僕では

僕の本領も発揮できないし、

嫌われるし、

上手くいかないし、

人妬むし、

人羨ましがるし、

 

いいことがない!!!!!!!!!!しょおおおおおっく!!w

 

マジでやめよう。そう心に誓った。

 

取り繕ったメリットがあるとしたら、

強くそのことをやめようと思える自分になれたってことくらい。

 

  • 自分で自分を認める以外、道は進まない。

もう、誰かの評価に自分を委ねるのはやめだ!!!!!!

俺じゃ評価はコントロールできないし

まず、今自分にできることをやる。まず自分を褒める!!

 

そう。

自分を徹底的に褒めてやることだ!!!!!!!

ヨシヨシしてやるぞ!RYUSUKE!!!!

 

1.誰かに認めもらうじゃない。僕が僕を認めてあげるんだ。

 

認めてもらおうとするうちは自信なんて湧いてこない。

根拠ない自信!それは自分LOVEの証。

 

自分自身最高!!ってなった先にそれに共鳴する人が現れるんじゃない?

だったら取り繕った俺を見せてたってそんな人きやしないよ。

 

もう周りがどうこうよりも、俺はどれだけ俺が好きか?になってくると思った。

その先に周りがどうこうっていうものを語れる気がする。

 

2.会話ってもっとテキトーでいい。自分が心地よいことが大切なんだ。

 

相手も自分もお互いに話したい事を話しているだけ。

共感共鳴したいなんて思わない方がいい。

もちろん話していて意気投合することもあるけれど、

違った場合、それを分かってもらおうとすることは違うなって思った。

それが「でもだって」の始まり。

 

その時、俺はこう思うんだ!!なんて話しても分かり合えない。

君はそういう考えなんだね!って思うことしかできない。

そういう時は、相手の話を尊重して、

静かに聞いているのが一番大切だと思った。

わざわざ争う必要もないのかもしれない。

 

自分のことは自分がわかってあげればいい。

僕は自分にも人にも期待しすぎていたようだ。

 

期待なんてするから絶望する。

期待って未来だよね。

過去も未来も頭の中の想像。

 

あるのは今だけ。

今、自分に何が出来るか。

 

そういう考えにたどり着いた。

 

ずっと本とか映画や歌で

 

今を生きよう

 

って言っててそうだよなって思ってた。

 

ただ、今回は体にストンと染み込んだ感じ。

経験てすごいね。

 

  • 全部、無駄だったのか?無駄じゃなかったのか? 僕は。。。

そういう出来事があって、すごく楽になった。

 

眠っていた違う自分に出会えた感覚。

 

そうやってプライド高くて失ったものや、

うまく表現できず苦しんだこと、

悔しくて泣いた日々、

 

はっきり言ってそれは辛い思い出。

 

でもそれがあったから今、

それに気づけて、やっとあなた(もう1人の自分)に会えた。

 

全部、必要で無駄なんてなかった。

そう思っておく方がお得だと思う。 

 

どこまで行っても、自分とあなたは(自分)は切り離せない。

 

目の前を流れるものはたくさんあるけど、僕はあなたと生きていく。

 

だからこそ、一番の理解者でありたいんだ。

 

 

  • まとめ

でも、だっての理由

 

  • 自分への不信感。
  • 取り繕うことの意味のなさ。
  • 自分で自分を認める以外、道は進まない。
  • あるのは今だけ。今、自分に何が出来るか。

  • 全部、必要で無駄なんてなかった。

 

そんな出来事から

新しい自分と出会えた喜びを歌にした曲があります。

 

あなたと生きる人生/恩田RYUSUKE

 

www.youtube.com

 

 

 

 

 

12/16(日)モリヒロフェスタ 21世紀の森の広場25周年記念イベント

【12/16(日)モリヒロフェスタ!!!】

 

我が地元、千葉県は松戸常盤平にある

 

21世紀の森の広場でForest concertに出演しますッヨオおおお!!!!

森の広場、25周年記念!!全力でお祝いします!!

 

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地元の吹奏楽部、合唱部
Forest concert企画の坂本タクヤさんも出演されます!! 

10:00〜15:00イベントやってます!!

10:30〜Forest concert開始です! 

恩田RYUSUKEの出番は11:10〜 

色々、松戸で有名なお店も出店もあります!!
ぜひ、暖かくして来てくださーい!!! 
25周年って僕よりも年下なんだ!!小さい頃はよく遊びに行って、川遊びやザリガニと戯れていたなぁ! 
最近でもアー写撮影(今のアイコンの写真もそう!)f:id:guitar335r:20181213090723j:plain
夏には疲れを癒しに一人で自然の中ぼーっとしに行ったなw

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ぜひ、暖かくして遊びにきてください!!! 森あげまっせ!あ盛り上げまっせ!!宜しくお願い致します!!!!

西日本ツアー2本目 10/26(金) 西日本ツアー2本目 @広島NANA~Live Bar feat.sports 『竹内藍十番勝負TOUR三本目』

10/26(西日本ツアー2本目
@広島NANA~Live Bar feat.sports 

場所(https://loco.yahoo.co.jp/place/g-RoRkn7-zqwA/


『竹内藍十番勝負TOUR三本目』

前売2,000/当日2,500(1D)
開場18:30/開演19:00

[出演]
竹内藍with和佐田達彦(爆風スランプXYZA)恩田RYUSUKE

嶋野ゆりか

二宮啓・栗田正浩

 

20:202050 恩田RYUSUKE

 

 

19:00 二宮啓

19:40 嶋野ゆりか

20:20  恩田RYUSUKE

21:00 竹内藍

 

21:40 終演

 

 

西日本ツアー初日 10/24(水) @京都アックンズ 『シンガーソングライター達の夕べ』

シンガーソングライター達の夕べ

日時10月 24日 (水), 午後6時 ~ 午後10時
説明竹内藍、恩田RYUSUKE ほか出演、詳細後日発表
 
おそらく出番は1番2番目あたりかと!!!!
 
場所はこちら!!

西日本ツアー最終日 10/30(火) @京橋セブンデイズ 『over the day』

10/30(火)
@京橋セブンデイズ 場所(http://www.akkuns.com/access/index.html


『over the day』
[出演]
戸田大地/aro/恩田RYUSUKE/鈴木友里絵/しなだゆかり/香焼志保

前売2500円/当日3000円(1D別)
開場18:00/開演18:30

 

20:15-20:45 恩田RYUSUKE

 

18:30-19:00 香焼志保
19:05-19:35 しなだゆかり
19:40-20:10 鈴木友里絵

20:15-20:45 恩田RYUSUKE
20:50-21:20 aro
21:25-21:55 戸田大地

 

家族と向き合う3 兄貴と向き合う アメブロより移行2018・2

 

最後は兄貴との話

 

兄貴は俺より5歳上で、成績優秀、友達多し、かっこいい、結婚、父の跡を継ぎ、2児の父である。

 

すげーなぁ。

 

うつ病だった母の代わりに5歳児の時から俺の面倒をしっかり見てくれていた。

俺は幼い頃から兄貴に育てられたと言っていたくらい、兄貴はすごい存在だった。

兄貴は昔から天使のように優しかった。

リーダーシップをとり、部長、委員長、成績優秀。なんて完璧なんだ!といつも誇らしかった。

 

 

5歳も離れていると喧嘩も少なく、幼い頃はもうベッタリだった。

もう好きすぎて、兄貴が体調悪くて休むとなると、俺も腹痛になり休みが決定すると元気になる!というくらいそばにいたw

5歳も離れていると俺が小1の時には小6、中1には高校3年と、

生活サイクルが変わっていき、なかなか話す機会もなかった。

 

というか、話したことほぼ記憶にないのだ。

 

まぁ、俺が中3とかの時にはもうあんまり実家にもおらず、

兄貴は兄貴だけど、もう遠い存在になっていた。

 

まぁ、ここまで父親と母親との関係を書いてきた。

家族との問題をクリアにする度に、解き放たれた感覚があった。

 

ただ、どうしてもウジウジ虫なのか?何か俺にはまだやってないことがあるんじゃないか?

と、自問自答や、Aさんと話したり、大学の先輩と話したりしているうちに、ついに出てきたのだ。忘れてた。

 

兄貴だ!!!!!!!!

 

前から兄貴の話は、人前で出す度に、なぜか泣きそうになっていた(つーか泣いてたw)

ただ、俺の中で完璧な人であったので、あんまり気にしてなかった。

という言い訳。大事な部分ほど、隠したい無意識が働くらしい。

 

そう。

 

そうよ。

 

この【完璧】って超ヤバい!!てゆーか!!マジ卍!!!

 

全ては光と闇、好きと嫌い、愛と憎しみ、男と女。。。らしい

つまり今回のことに当てはめると

 

羨望⇔嫉妬    da!!

 

だって考えてみてくださいよ。

 

成績優秀、友達多し、かっこいい、早くに結婚、父の跡を継ぎ、2児の父で、超頑張って立派にやっているわけよ。

 

嫉妬ないわけないでしょ。

劣等感感じないわけないでしょ。

 

俺は、情緒不安定のわがまま問題児、いじめられて不登校気味、よく家で叫んでたw

仕事すぐやめた、好きなことやってる割に。。。割に!!!

実家にいて、お荷物お荷物!!w

 

兄貴に対する、劣等感は感じたくなかった。

感じてしまうわけにはいかなかった。

俺は生きていられない気持ちになるからね。

 

神様的存在として兄貴を置いていたんだよね。

育ててもらったし、5歳児の甘えたい時期に兄貴として弟の面倒を見ること

つらいだろうなぁーと勝手に次男目線で長男の辛さを感じて罪悪感に苛まれていたw

 

まぁ、恩義や劣等感、後ろめたさ等いろいろ含めて神様的存在にしたんだろうね。

神様は超えてはならない。的なものが俺の中にあったわけ。

 

うわあああああああああああ!!!!!!そうか!!!!!!

 

俺は本当に相対性の片側からしか生きてない。

両方を

観察する視点がなかった。蓋してた俺の嫉妬の感情は日の目を浴びず、性格もひん曲がり、悪臭を放つやつに化していたのだ。

 

実は、家族で一番遠い存在になっていた兄貴にこんな風に思っていたのだ。

俺は、ここまでのことを(父母の事)踏まえ。。。。こ・れ・は!!

 

話すしかないだろおおおおおおおおおおお

 

早速兄貴に連絡。善は急げだ!!!

 

初めてサシで飲むことにした。

 

とんとん拍子で決まる。よっしゃ・・・

ドキドキ。ドキドキ。

 

当日、、、、地元の居酒屋で、兄貴を待つ。

なんて言おうかな?

こうやって話すの初めてだよ?

順序立てよう・・・

 

考えてもうまくいった試しがない。

 

俺は最近はこういうとき流れに身をまかせる。

俺はこれだけはいうぜ。と決めてあとはノープラン。

勝手に口がしゃべることを信じて。

 

兄貴が来た。家族の中で誰よりも緊張するw

最初は何つーかもう知り合って2回目くらいに会う他人との会話的な感じw

家族でもこんなもんだ。

 

そこから近況を聞いたり、話したり(音楽活動、バイト、父、母とのこと)、、、、そしていよいよ。

 

「兄貴に言いたいことがあるし、兄貴に聞いてみたいことがあるんだ!」

 

俺は、不器用。

ストレートなんだwと心で笑った。

 

RYU「俺は兄貴を神様だと思ってた・・・超えてはいけないと勝手にブレーキを踏んでた。嫉妬してた。兄貴には次男として母親奪ってしまっていたような気がする。(ようは上で書いたような話をする)」

 

兄「そうなんだ。俺は小さい頃の事、あんまり覚えてないんだ。ただ、そう思ってたんだねぇ。俺は、人の面倒見るの好きだし、RYUの面倒も苦じゃなかったよ。まぁ、あったのかもしれないけど、基本好きだし。俺は、情緒不安定なRYUSUKEが音楽始めて気持ちを発散する場ができて、ホッとしたし、熱く打ちこめるような気持ちは俺はあんまりないから、羨ましいよ。」

 

おおおおおおお。

 

兄貴がどこまで自分の気持ちを伝えてきたのか、幼少期を覚えてるのかわからない。

 

ただ、俺が感じてきたことはあくまで次男から見た長男への気持ち

兄貴は長男としての長男をやる視点、次男を見る視点。。。

 

 

この世界は本当につくづく自分が世界を作り出しているんだなと思った。

俺の妄想で俺を縛っていたwwwww

 

そこから、まぁ酒も進み、いろいろ話したんだ。楽しかった。

言いたいことも言ったし、どう感じてたのか聞けたし、

 

そこで俺は自覚した。

 

兄貴は人間だった(神様ではない)当たり前w

 

俺は兄貴を超えてはならないという、

魔法を解いた。

 

自分で無意識に魔法にかけてしまってることって沢山ある。

人や出来事を通じて、自分で魔法をかける。

 

それが解けるたびに体は楽になり、次へ進む。

 

長年、かかっていた魔法が解けると泥のように眠ったw

それだけ体は緊張していたんだね。

 

お疲れ、俺。

 

兄貴は人間だったよ・・・www

 

兄貴とはまた飲もうなんて話をした。俺の中で、神様から人間になったのだw

こうして、俺は数カ月間の中で、家族との関係の中で自分にかけた魔法を解いていった。

見える景色は変わった気がする。心は軽くなったよ。

今だってやりあう。終わりはないのと思っている。

 

変化を感じながらも、現実にまだ具現化できていない日常。これはまた別の問題がある。まじかよ・・・面倒臭い

 

誰かが、

『いつだって事象は外側に求めてもない。内側にしか世界はない。』

『自分の感覚が当たり前ではないことを自覚せよ。』

『家族との関係性が社会の中で無意識に出るよ。』

 

といっていたが、本当にそうだと思った。

 

家族と話すのが楽しくなれば、社会の中での会話も楽しくなる。

まさに、今そうなってきている。家族との関係性を変えるのが、

もしかすると一番近道なのかもね。

 

家族近いけど、遠い存在に感じる。沢山の光と闇がある。難しい。面倒臭い。家族だから感じたくないとか様々あるんだろ〜なー。俺はそうだった。

 

これからも色々、自分の中で浮かんでくるだろうなぁ。

家族のこと、幼少期のこと、フッと魔法にかけた瞬間、、、、

 

日々、成長すれば、見える視点も日々変わる。

 

また、やるだけだし、日々感じていよう!!!(カッコつけたけど、面倒臭い!!w)

 

俺はソウルフルフォークシンガーなので、これを歌にしていくぜ。

 

俺はうたいびとだ!!!!!!!!!

 

やるぜ。

 

RYUSUKE

 

 

家族と向き合う3 母親と向き合う アメブロより移行2018・2

 

親父の後はお母さんの話

 

俺は母親が大好きだ!!

いわゆるマザコンてやつである。

男なんてみんなそんなもんだ。とよく人は言うが、まさに俺はその通りである。

母は俺が生まれた頃からうつ病であった。

トイレに行くのも、起き上がるのも大変であったことを覚えてる(気力が湧かない)

 

5歳年上の兄貴によく面倒を見てもらっていた。

俺は兄貴に育てられたんだと幼い頃いうくらい兄貴に面倒を見てもらっていた記憶がある。

(そんなことはないんだけどね。。。)

 

僕はお母さんが大好きでよく抱っこしてもらったり、とにかくベッタリしていた。

幼稚園に入園したては、もうギャン泣き。。。

寂しくて悲しくてとにかくお母さんの近くにいたかった。

 

お母さんが笑えば嬉しいし、

悲しそうであればとにかく悲しくなった。

 

それくらい俺は母親が好きだった。

 

小学校から帰ってきた時、いつも居間のソファーで横になっていた。

 

うつ病で動けない母は、

「代わりにトイレに行ってきて」

なんて冗談を言ってた。

本気で受け取ってた。

 

親父がお母さんを元気にできないこともすごく嫌だった。

だから俺がお母さんを守る!!と誓ったんだろう。

 

なのに、俺は、元気のないお母さんを幸せにできない。

 

自分に腹が立った。

 

そんなこともあって、

俺は常に情緒不安定w

 

いい子でいないと!!!

お母さんに喜んでもらいたい。

でもわがままも言いたいし、言ってしまう。

おまけに悩みっぽい。

心配性。

その割に威張りん坊。

なんで??良い子でいたいのに・・・と結局情緒不安定で、

とりあえず周りは大変だったみたい。

 

俺はいつも何があったか、何に悩んでいるか母親に相談した。というか、ぶちまけまくった。

母はいつも黙って聞いてくれていた。それが俺がグレずにここまでこられた理由だと

なんか占い師に言われたことを思い出したw

 

うつ病ながらいつも俺の話を聞いてくれていたお母さんは本当は強い。

 

けれども、そんな一面はあの時の俺には見えず、

繊細で

傷つきやすく

弱いと見てしまっていた。

 

俺が音楽活動を始めた頃、調子に乗ってしまったため、友達にいじめられた。絶望して不登校気味になった。

中高一貫校のちょうど真ん中、後3年ある。地獄だ・・・と思っている頃、

 

母親は、まぁスピリチュアルなセミナーに行って元気になった。

それまで、うつ病で元気のなかった母が元気になったのだ。嬉しかった。

そして、絶望していた俺もセミナーに行くことにした。

 

俺は母がいいというものは良い。嫌いといったものは嫌いだった。

もうマザコン以外の何物でもない。

 

そこから10年くらい通った。俺も母もすっかり元気になった。

いろいろ気持ちの持ち方も安定してきたし、母ともうまくやれてる。と思ってた。

 

そんな中、ある人(Aさん)に「あなたは、心の自立ができてない」言われた。

 

まさにそうだ。俺と母親は共依存していた。お互いになんだか傷を舐めあっていたような気がする。痛いところ突かれた。

俺は甘ちゃんなのだ。

パンツも親に洗ってもらっていた

恥ずかしい。むかつく。悔しい。情けない。

 

なぜそうなのか。なぜ、あの言葉に反応したのか。

 

俺はスピリチュアルな『方法』に捉われていたが、自分の気持ちと向き合うことにした。ある時は一人で、ある時は瞑想して、ある時はAさんとたくさん話しながら、、、

 

その中で、俺は気づいてしまった。

 

気づきたくもない、、、いや、、、そんなことありえてたまるか!!

いやだ。。いやだ!!!!!!!!!!

 

光と闇、太陽と月、女と男、この世はこのバランスで成り立っている

 

愛があれば、、、、そう憎しみもある。

 

まじかあああああああああ。

 

大好きなお母さんにそんな気持ちを持ってはいけない。

そう思い込ませてきた。

 

ただ、俺は確かに感じていたんだ。

感じてることに嘘をついて、押し込めてきた。

 

それは、、、、

もっと体の強いお母さんだったらよかったのに

もっと元気なお母さんだったよかったのに

俺はお母さんのせいでこんな風に。。。

もっと〇〇で産んでくれれば、、、

こんな風に言われたからこうなったんだ・・・・などなど

 

そんな風に思うことは、

俺の中では許せなかった。

大好きなお母さんにそんなこと、、、、なんなら俺が全部悪いんだ。。。と

 

俺は人間だ。

それを思う瞬間があって当然だ。

思ってしまうこと自体は自由であるべきだ!


なのに、許せない!!

 

愛情ばかり感じて、その裏側の恨み、憎しみを感じてこなかった。。。

コインの表と裏は切っても切り離せない。

 

俺は自分自身に謝った。ごめんな。

 

言いたいことも言えないこんな世の中は俺が作ってたんだな・・・

 

憎しみを感じている俺をぶっ飛ばして叩きのめしていたから。

 

泣いた。止まらなかった。

 

そして、俺はずっと母親を弱い人として認識してきた。

そして出来ることならこの感情に気づくことを避けて通りたかった。

 

だからこそ、ぶつかり合えなかった。ぶつかることが怖かった。

傷つけることが怖かった。

 

弱さの裏側の強さに気がつかず。

 

うつ病ながら2人の男の子を育てた。

家事だってやってた。

緊急事態にはいつも母の頑張る姿があった。

俺が悩んで帰ってくると黙って話を聞いてくれた。

家族の為に動いてくれていた。

 

俺のお母さんは強い。

なんで気がつかなかったんだろう。

だからこそ、俺は母の強さを信頼してぶつかることにした。

 

ぶつけた。

 

もちろん母を泣かせた。傷つけた。

そして、喧嘩になる。

 

俺が一番やりたくなかったことだった。

 

でもやった。

 

お母さんは強いんだ!!!!!!!!

おらああああ!!

 

「俺ムカついてる。」

「お母さんがもっと強いたくましいお母さんだったよかったのにと思った。」

「俺さ、お母さんのこと恨んでる部分あるわ。」

「もっとこうして欲しかった。」

 

理不尽だろうが、俺は少年の頃の気持ちを吐き出した。

俺はあの頃の少年の気持ちで母にぶつけた。

 

心に溜まったヘドロが流れ出て、綺麗な水が湧き上がる感覚。

 


 

大丈夫と感じている。

 

これをやることで俺は前に進める。家族になれる。。。と

 

 

そこから、母とはよくぶつかる。

(まぁ、俺がぶつけることが多いけどw遠慮してヨソヨソしい感じから、息子らしくんなったのかなー。)

 

お互いに言いたいことを言うようになってから母親もなんだかいい感じ。

 

俺との関係もいい感じ。

お互いに感じたことを本音で言い合えるようになった。

 

受け止めてくれる母と、わがままをしっかりいう息子になれた。

 

お互いに心の自立ができてきた。

 

少年少女時代の自分を癒せたときに本当に自立ができると聞いたことがあるが、まさにそんな感じがする。

 

経済的自立をしても心の中の突っかかりがとれていなければ、心の自立は出来ない。と誰かが言ってたが、そう思った。

 

俺が経済的自立をして実家を出ていれば、一端にやっているんだというプライドが邪魔をして、

そして、話す時間もなく、こんな話にはならなかっただろう。

 

俺はまだ実家にいる意味がわかった気がする。

つーかそう認識するわw

 

こうして、母とのわだかまりも解消できた感じがするんだ!!!
 

RYUSUKE